とあるイベントのキービジュアルがAIが生成したイラストで少し驚いた。デジタルにしろアナログにしろ、人間が手を使って描いた作品のイベントだったからだ。
集英社オンラインに「AI画像で作った写真集で月10万円以上の副収入が得られる? AIアイドル、ヌード、グラビア写真集をKindle出版して稼ぐための注意点とは」という記事が載ったのは3日前のことだが、「集英社」というグラビアも発売している出版社がこの記事を掲載したことに対しても、上と同じような驚きというか違和感を覚えた。
「初心者でも10時間あれば、3ヵ月で40万円を生むKindle本の出版が可能」という煽り文句がまず狙ってるなと笑ってしまったのだが、この記事は実際にKindleでAIを使ったグラビア本を出している方へのインタビュー通じて、ハウトゥを薄く語っている。その上で「誰でもAIで出版できる時代に、どう使うかは自分しだいだ」と責任を投げっぱなした締め方なのも、色んな意味で好感が持てた(笑)
個人的にイラストレーターや写真家と付き合いがあるのだが、そういう人たちはAIについてネガティブなイメージを持っている。AIについてというよりも、AIを使って安易に自分たちのテリトリーを侵す人たちに対して、敵愾心というか危機感を持っている印象なのだ。
確かに一朝一夕には手に出来ない技術を、時間とお金とメンタルを使って手にした人たちからすれば、自分たちが築いた場所を、何の努力もなく機械を使って荒らされたら、反発する気持ちも分かる。しかしAIによるテキストやイラストは市民権を得つつあるのも事実なので、それを使う人を「悪用している!」と弾劾することにも、同じような違和感を覚えるのだ。
兵器を作った人間は悪くない、使った人間が悪い。あるいは使われるようなことをした人間が悪い、みたいな話をよく耳にするけれど、そういった議論とも言えない水掛け論的な場所にAIによるイラストやテキストを使うことが収束していくのは、ちょっともったいないと個人的には思う。
先述の集英社の記事にもあったのだが、AIのグラビアやヌードはAmazonによって規制されるだろうし、ピクシブはBOOTHでのAI対応を発表した。恐らくAIを悪用(他に言葉が浮かばなかった)したものは、あらゆる場所で淘汰されるし、今からこの記事を読んで儲けたろ!と思っても、先行者利益は既にないどころか、新規参入障壁もあってビジネスにはならない筈だ。
今後は安易にAIを使った人ではなく、絵描きさんたちがそうしたように、時間とお金とメンタルを使ってスキルを手にした、AIをそれが全てではなく、創作のツールなのだというスタンスの人たちが活躍する場所が生まれるように思う。思うというか、生まれてほしいと願う、泡沫クリエイターの希望のような気もする。
AIがメジャーになることで、その差別化として絵画や写真がさらに高みに向かうようなステージが来れば、表現者たちにとってWIN-WINとなるだろう。創作というのは他者の生み出したものを否定したり貶すものではない。互いにリスペクトするべき存在なのだ。AIアートというジャンルもこの場所までくるべきだし、AIを使わないクリエイターたちも、ようこそと迎えるべきではないだろうか?
本文中のAI生成画像はすべて知人が作ったもの。初期と比べて格段に巧くなっている(笑)AIに画像を作らせるのも、経験とセンスとスキルが必要なのだと実感した。