Kindle本レビュー

ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ / いしいひさいち

かつてオタクの常套句として「見れば分かる!」「聴けば分かる!」「行けば分かる!」ってのがあった。まだオタクではなかったぼくは、彼らの思考停止したその台詞を心底バカにしていた。自分の好きなものを、自分の言葉で説明できないなんて、そんな人間が好むものなんてタカが知れている。

本気でそう思っていたし、アイドル→アニメ→美少女ゲームと順調にキモオタとしてステップアップする過程でも、好きなものの魅力をきちんと自分の言葉で伝える努力はしてきた。

しかし本当に好きなものを目の前にした時、人は思考停止をするのだなと今さら実感した。「とにかく読んでほしい」としか、レビューができないのだ。そう、このいしいひさいちの新作「ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ」を読んだ感想だ。

この作品の存在は去年くらいから知っていたのだが、自費出版だったのでぼくには手にする手段がなかった。それが今月になってAmazon Kindleで発売されたのだ。発売から一年を経て、やっと読むことができた。その感動と読後の放心状態の中では「とにかく読んでほしい」という言葉しか出て来なかった。

いしいひさいち作品は朝日新聞で連載している「ののちゃん」が一番有名だろう。「ののちゃん」改題前の「となりの山田くん」はジブリでも映画化された。オッサン世代なら「がんばれタブチくん」や「おじゃまんが山田くん」などがピンと来るのだろうか?個人的には貧乏大学生の悲哀を描いた「バイトくん」が大好きだ。バイトくんこと菊池くんたちの生活に憧れて大学生になったくらいだ(笑)

いしいひさいち作品は4コマなのだが、起承転結に当てはまらないシュールさが魅力の一つだ。そして多くの4コママンガと同じで、作品中の時間は流れない。サザエさんファミリーが永遠に年齢固定されているように、ののちゃんはずっと小学生だし、バイトくんは卒業しない。

そんな作中にあって、時が流れたのが「吉川ロカ」の物語だ。「吉川ロカ」はののちゃんに登場するキャラだ。萌えとは遠いシンプルな画風のいしいひさいち作品の中で、女子としての色気を初めて感じさせるキャラだった。

デビュー40周年を記念して発売された「いしいひさいち仁義なきお笑い」の中で、ぼくの感じた衝撃と同じ感想を、漫画家のとり・みき氏が語っていたのだが、ぼくもストーリー云々の前に、吉川ロカのルックスに目を奪われた。明らかに他のキャラとは違うのだ(特に首というかトルソの描写)

確かに色っぽさで言えば、かつてはののちゃんの担任で、推理小説家に転身した「藤原先生」も妙にエロかったし、同じくののちゃんに登場し、中学生の長男のぼるくんのファーストキスを奪った謎の美少女「富田月子」の登場は衝撃的だった。

あくまで好みの問題と前置きをしておくが、吉川ロカは、そんな二人を遙かに凌駕するルックスを持ったキャラクターだ。

正直、富田月子に比べれば、登場した頃の吉川ロカは、物語としては地味だった。しかし徐々に徐々に、彼女の物語に惹きつけられていった。それは先に書いたように「唯一作中時間が経過し、お話が進んでいく」からだろう。この「ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ」は、ののちゃんやHP連載したものに「若干の描き下し」(原文ママ)で構成されている。

これは、
ポルトガルの
国民歌謡『ファド』の
歌手をめざす
どうでもよい女の子が
どうでもよからざる能力を
見い出されて花開く、
というだけの
都合のよいお話です。

作品冒頭のことば

作者自身が冒頭でこう書いてる通り、それ以上でもそれ以下でもない物語。ギャグマンガ、それも4コマでありながら、少しずつ物語は進んでいく。年上の同級生「柴島美乃」との友情を軸に、ストリートミュージシャンに「ボーカル募集してませんか?」と声を掛けたり、路上ライブをしたりと、コミュ障のポンコツでありながら、自身の力で夢を掴もうと努力する青春モノ。もしくはガールミーツガールモノだ。

こう書くと手垢たっぷりで新鮮味がないと思われそうだけれど、ここでもう一度最初の言葉を吐かずにはいられない。「とにかく読んでほしい」と。

連絡船沈没事故で両親を失ったという同じ境遇から仲良くなったロカ(と彼女の夢)を、美乃は悪態やら暴力を交えながら献身的に支えていく。もちろんロカにとって美乃はかけがえのない存在だった。ロカは上京し、美乃は岡山に残ったあとでも、ロカは美乃を頼り、美乃はロカを支え続けた。その関係の行き着く先が、そういう結末なのか。大人になってしまった二人の選択に、胸がざわついてしまう。

そして最後に大きく描かれた1コマ。物語中盤で、大きすぎてののちゃんとおかあさんが気づかなかったデビューアルバムの広告との対比に、胸のざわめきは涙を連れてくる。ああ、こんな終わり方なんだ、と。最後の4コマにはロカも美乃も登場しない。まだまだ元気なおばあさんと、少し大きくなったののちゃんが話しながら歩いているエンディング。

美乃という存在が、両親を失ったロカの作り出したイマジナリーフレンドであれば、幸福だったのか。それともリアルだったからこそ、悲しくも幸福だったのか。何度も何度もラストを読み直して、考える。どうして「ストーリーライブ」というタイトルだったのだろう?という疑問も浮かぶ。

要するに、今までのいしいひさいち作品にはなかった読後感、作品や登場人物に対する思索の時間を、この作品は自然と与えてくれるのだ。そして一通り考えたあと、こういう結論に落ち着く。この終わらせ方は、やっぱり紛うことなく「いしいひさいち作品」だった、と。

あと個人的に思ったのは「下ネタ」が多かったこと(笑)いしいひさいち作品に下ネタは本当に少ない。膨大な作品の中で「珍しく下ネタだな」と記憶にあるのは、長島ジュニア(長嶋一茂)を、長嶋監督のチンコと間違えたもの、B型平次に「フェチ!」と呼ばれたハチが、女性の下着を被っていたもの、老夫婦が若い夫婦からスワッピングの誘いを受けたら、一晩マンションを交換するだけだったもの、くらいしか思いつかない。しかしこの作品にはドーナツブックス全巻分に匹敵する下ネタが入っていた印象だ(そこまで下品ではないのでご安心ください)

いしいひさいち作品を読んできた方は、絶対に読んでほしい一冊。ファンの方はまぁ読んでるでしょうけれど(笑)まさかのアンリミテッド対応で、会員は無料でレンタルできます!こんな名作が無料なんて、アンリミテッドに入ってて良かったね!





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