今回ご紹介するのは「限界集落(ギリギリ)温泉」鈴木みそ著です。満を持してのご紹介です!
約10年前、漫画を描き続ける人たちに一筋の光明を与えたのは、鈴木みそ氏のKindleでの大成功でした。電子書籍は売れないと言われた当時、知恵を振り絞った作者は、Kindleで生き残る術を発見します。この「限界集落(ギリギリ)温泉」は、氏の人生を逆転させたと言っても過言ではない作品です(大逆転の詳細は、別作品「ナナのリテラシー」で語られています)
この作品が大成功したのは、作者がまだ日本では黎明期だったKindleでの勝ち方を研究した結果の先行者利益であるという記事を色んなところで目にしました。確かにそれは事実でしょう。しかし事実の一つでしかありません。この作品が電子書籍で大成功した最大の理由。それは物語が素晴らしいからに他なりません。
読んでいて続きが気になる、ワクワクする物語。大袈裟な表現ではなく、閉塞したこの日本で、希望が持てるストーリー。そんな作品の本質が支持されたのでしょう。
伊豆の山奥のさびれた温泉宿にたどりついたホームレスは、ゲームクリエイターだった。コスプレイヤーのアユやたくさんのおたくを巻き込んで、限界集落の旅館街が元気を取り戻していくストーリー。重いテーマに軽いタッチで挑んだ、社会派コメディ漫画。
仕事から逃亡したゲームクリエイターの溝田は、伊豆に辿り着きホームレスとなっていました。潰れた旅館「山里館」の息子で小学生の龍之介は、債権者に家を追われた後の住処を探していて、洞窟で暮らしていた溝田と知り合います。
溝田は「温泉に入れてやるかわりに債権者に対して一芝居打ってくれ」との龍之介の頼みを快諾、本来はお金を工面してきた親戚役だったものの、裁判のゲームを作った経験を生かし、アドリブを効かせて街の有力者を取りあえず追い返すことに成功します。
川端康成そっくり(笑)の債権者を追い返したものの、宿の主人であり龍之介の父康成は、借金を返済して宿を盛り返そうという溝田の言葉に耳を貸しません。妻を病気で失い、経営のセンスも、取り組んでいる小説の才能もない康成は、閉塞感に潰されそうになった希望のない日本人の姿のように思えます。
同じ日、地雷系かつ中二病系のレイヤーアユが、死に場所を探して山里館に辿り着きます。山里館を廃墟だと思い込んでいた彼女は宿に不法侵入、龍之介と溝田に発見されます。自殺を思いとどまった(そもそも死ぬ気はなかった模様)アユは、龍之介の頼みを聞いて、しばらくは山里館で逗留することを約束。もちろんその約束は溝田の差し金で、彼はアユを使って何事か旅館の再生を企ていました。
自殺をほのめかすブログを見たアユのファンたちは、手がかりを追って深夜の山里館に到着します。溝田は得意の口八丁で、ファンたちから宿泊費を受け取り、その才能の片鱗を見せ始めます。溝田はファンとアユを中心に、山里館復活のための行動を開始します。
ここまでがギリネタバレを回避した感じの第一巻から二巻のストーリーです。溝田の思惑通り(本人は綱渡りだと肝を冷やしている)イベントは大成功。彼の求心力にアユファンの中でもコアとなる者たちが反応し始めます。それぞれ才能を持っている主要オタク三人を巻き込み、物語はさらに加速していきます。
作中、オタクの中でも後にリーダー格となるちんぽ(神保)さんが「次の仕掛けはなんだろうってわくわくするんだよね」と溝田の手腕を評価しますが、それは彼の言葉であると同時に、読者の声でもあります。
溝田という謎の男、彼が縁もゆかりもない温泉旅館を助けようとする理由は、恐らく単なる好奇心や面白そうという気持ちが出発だった筈です。また彼は周囲の人間を動かす不思議な能力を持っています。それは能力と表現すると異能のようですが、人柄と言い換えることができます。彼の気まぐれともいえる些細なモチベと本来持っているキャラが、周囲の人間たちに影響していくのです。
溝田の発想は周囲の想像を遙かに超えたもので、同時にオタクの行動は溝田の予測を凌駕します。この化学変化が、頑なだった旅館の主人を始めとした周囲の人間たちの心を変化させていきます。
相変わらず閉塞感が酷い現代にあって、この作品は日本もまだまだ捨てたもんじゃないとか、自分にだって出来ることはあるんじゃないか?と思わせてくれる物語です。夢を諦めた人、夢どころか人生すら諦めちゃった大人に、ぜひとも読んで欲しい作品です。Mamegohan Digital Publishingイチ推しの電子書籍。もちろんアンリミテッド対応です!