三角の距離は限りないゼロ
著者:岬鷺宮 イラスト:Hiten
今回ご紹介するのは「三角の距離は限りないゼロ」です。
僕と「彼女たち」の不思議で歪な三角関係。その距離はどこまでも限りなく、ゼロに近づいていく――。
人前で「偽りの自分」を演じてしまう僕。そんな僕が恋したのは、どんなときも自分を貫く物静かな転校生、水瀬秋玻だった。けれど、彼女の中にはもう一人――優しくてどこか抜けた少女、水瀬春珂がいた。
一人の中にいる二人……多重人格の「秋玻」と「春珂」。彼女たちの秘密を知るとき、僕らの関係は不思議にねじれて――これは僕と彼女と彼女が紡ぐ、三角関係恋物語。
上記が第1巻の公式あらすじです。
僕は今、恋に落ちた。
冒頭、高校二年生の矢野四季は、愛読書である池澤夏樹の「スティル・ライフ」を目の前でそらんじた転校生、水瀬秋玻に恋をします。
それだけなら、ありふれた高校生の恋愛物語なのですが、状況はそれほど簡単ではありませんでした。なぜなら水瀬秋玻は、内面にもう一人の人格、水瀬春珂を内包する、多重人格者だったのです。物語開始早々、四季は彼女たちの秘密を知ることになります。
本来、主たる人格である秋玻の「付属物的」な別人格の春珂ですが、彼女は「ひとりのわたし」でありたいと願います。その想いは、周囲に迎合するためにキャラを作って生活してきた四季の心に刺さるのです。
定期的に入れ替わる秋玻と春珂ですが、春珂は二重人格であることを隠すことにあまりにも隙があり、見守る四季は気が気ではありません。ついに見かねた四季は、春珂に二重人格を隠し通す手伝いを申し出、同時に彼女に秋玻を好きなことがバレてしまいます。
秋玻と春珂は四季の提案を喜び、三人の高校生活は危ういながらも楽しく続きました。しかし徐々に綻びが生まれてきます。当初、秋玻との恋を応援すると言った春珂は、徐々に四季に惹かれていきます。また春珂を助けてあげて、仲良くしてと願った秋玻が、春珂に対して強烈な嫉妬を持ち始めるのです。
その結果、毎日の生活で春珂が出現できる時間が、だんだんと短くなっていきます。最終的には消えてしまい、秋玻だけが残る現実が待つことになります。春珂に対する嫉妬と、それを抱くことで春珂を消してしまうことへの自己嫌悪で崩れそうになる秋玻に、四季は思いを伝えます。そして二重人格であることを周囲に公表します。同時に四季も、これまでのキャラが作り上げた偽物だったことを告白するのです。
完璧にネタバレで申し訳ないのですが、以上が1巻の大まかな内容です。現在5巻まで発売されている今作ですが、正直な話、ここで終わっていても良かったのかもと感じます。もちろん2巻以降も、物語は進んでいきます。三人の関係を軸に、仲の良い友だちの恋愛や、同級生である「読者と主人公と二人のこれから」の主人公とヒロインを絡めながら、春珂のタイムリミットの中で、高校生たちは懸命に生きていきます。
2巻以降も、読者を飽きさせない物語が展開するのですが、それでも1巻で、あるいは2巻との上下巻で完結した方が、その後のストーリーを読者に想像させる力を持っているような気がして、残念なような、続きが読めることが嬉しいような、複雑な感想を持たせてくれる不思議な作品です。
2巻ラスト、四季に告白した春珂が「わたしは、確かな勝機を、見いだしたのです」と独白する箇所で終わっていたら、間違いなく名作だったと思います(継続している現状でも名作だとは思いますが!)
高校生が主人公のライトノベルですが、大事な人が消えていく怖さを知っている人、あるいは大切な人が一人ではなかった経験をした大人にこそ、読んでほしい作品です。抗えない力の前で、決して赦しを求めず、今だけを見て刹那的な生き方ができるのは、若さの特権なのだと再認識するでしょう。そして再認識することで、大人の読者は赦されるのかもしれません。